日本円の為替需給を取り巻く短期的要因と構造的な要因
米国の政策金利(短期金融市場の誘導目標金利:FFレート)が今月9月の会合での引き下げが、ほぼ確実な情勢となってきた。
米国FRB(連邦準備制度)は2022年3月のFOMC(連邦準備制度理事会)で当時、年率0〜0.25%の政策金利を0.25%〜0.5%へと金融引き締めへと舵を切って以来、途中、4会合連続で一度に0.75ポイントの利上げを含む大胆な利上げを行ってきた。2023年9月からは、現在の5.25%〜5.5%という誘導目標を約一年維持してきたが、今回引き下げに転じれば、これまでのインフレ抑制最優先のスタンスから転じることとなる。
一方、日本は2016年に異次元の金融緩和を更に強化し、マイナス金利政策や長短金利操作で長期金利をゼロ近辺に誘導するなど追加の金融緩和政策を導入した。深掘りされた異次元の緩和政策は今年に入るまで7年を超えて継続されたが、今年に入って普通の金融政策への転換を急いでいるように見える。
こちらは米国とはベクトルの方向が逆を向く大きなスタンスの変更だ。
7月から8月にかけてドル円相場は大きな変動を見せたが、ドル安というより円高の側面が強かった。今年に入って7月上旬まで続いた為替市場での円全面安の相場展開は、その後、一か月弱の間に円の実効為替レートの主要構成通貨である米ドル、人民元、ユーロといった通貨に対して、一時10%以上の円の急騰劇に転じた。
米ドルは他の主要通貨に対して、この一か月弱の期間で下落はしているものの、対ユーロで4%程度、対人民元でも3%程度と対円での急落ぶりが際立っている。
円急騰の最大の要因は円キャリートレードの巻き戻しとコンピューター・トレードだと筆者は考えている。(詳しくは以下URLに寄稿しておりますのでご参照ください)
記録的な株安・円高を招いた真犯人について考える(24/8/16) | FX羅針盤 (fx-rashinban.com)
7月に入って始まった今回の円急騰劇はドル円のセリングクライマックス(Selling Climax)というよりは、ほぼ全ての通貨に対する円の買戻しによるバイイングクライマックス(Buying Climax)と捉えた方が正確だろう。
為替市場での流動性の高くない豪ドルやニュージーランドドルといった通貨の方が瞬間的な対円の下落幅は、ドル円のそれより大きかったことはその証左だろう。
しかし、円キャリートレードの巻き戻しが一旦、8月5日に最高潮に達した後の動きは、どの通貨も円に対して急反発したものの、他の主要通貨に対して米ドルはその後の上値の重さが目立つ展開となっている。
米国の金融政策が9月には緩和方向に転じることがほぼ確実な情勢となっていることが大きいが、FRBが0.5%の利下げに踏み切ったとしても、日米間の短期金利の間には4.5%程度の金利差が引き続き存在する。
日米の長期金利においても、10年債では3%程度の金利差が存在する。
引き続き円をドル転(exchange)して運用する妙味はあるが、年率5%程度の金利差など為替相場の変動で1〜2週間で吹き飛ぶことを再認識させられた直後だけに、日米の新しいリーダーを決める選挙を間近に控えて、「あえて今、ドル円のキャリートレードをまた、やりますかねぇ?」というのが本音だろう。米ドルに絡むエクスポジャー(exposure)は増やしにくい環境だ。
今年の前半と違い、ドル円の金利差を狙ったドル買い円売りの動きはしばらくの間落ち着く可能性が高い。所謂、投機筋と呼ばれる市場参加者の短期の鞘抜きを目的とした取引は、そのスケールを大きく縮めそうだ。
さて、投資にせよ投機にせよ二国間の金融・経済情勢を先取りした資本市場での動向は米ドルの需給や為替相場に大きな影響を与えるが、米ドルは世界貿易においてその決済に用いられる基軸通貨の役割を果たしている。
貿易実需の世界では将来の相場を予想することよりも、契約で定められた決済日までに決済通貨(多くの場合は米ドル)をどう手当てするか、もしくは受け取った決済通貨をどううまく円転するかが財務担当部門には求められている。
日本の輸出入の実需筋から生じる需給について考えてみると、今年の前半のように一方的にドル円相場の上昇が続き、両通貨間に大きな金利差が存在する中では、輸入サイドは日米の金利差を利用して比較的長い期間の輸入予約を為替対策として取りがちだ。一方、輸出サイドは金利差分のヘッジコストを嫌って短めの輸出予約に偏りがちだ。
(詳しくは以下URLで寄稿しておりますのでご参照ください)
Monthly Market Insights(23/11)長期のドル買い・短期のドル売りがもたらす需給の不均衡 | FX羅針盤 (fx-rashinban.com)
ドルの先高観が強い状況では、株式市場でも輸出企業の為替差益拡大といった業績への期待が膨らむことから、輸出企業も相場の水準よりも相場のトレンドを意識して長期のドル売り予約はなかなか入れにくい。
これまで為替差益が本邦輸出企業の企業業績を大きく上振れさせていたということは、ドル高・円安トレンドが続く中、金利差分のヘッジコストの掛かる輸出予約には消極的で、直物中心の決済を選好してきたからこそ、円安によってもたらされる差益を享受できていたと言えるだろう。
今後は、この実需の輸出と輸入の為替ヘッジ状況の違いがドルの頭を押さえるひとつの要因として働きそうだ。社内レートは年度の始まる前に決定されることが多いことから、3月決算の多い日本企業は145円前後を今年度の社内レートとしている企業も多いだろう。日米金利差から生じるヘッジコストを勘案すれば、直物相場が146円前後の水準(輸出予約の出来上がりが145円の水準)では期近の輸出予約をカバーする実需のドル売りが出てきそうだ。
こうして考えてみると日米の政治的な重要イベントを控えた不透明感からくる円キャリーポジション再構築の手控え、実需の面からの円買い需要が想定されることなどと合わせ、しばらくはドルの上値が重い展開になりそうだ。
ただ、時間軸を長く取って考えてみると、日本円を取り巻く需給面での潜在的な円売り圧力は残ったままだ。
経常収支の観点からは、見通しの立たない化石燃料依存体質からの脱却(見えない現実的エネルギー政策)、自動車産業に大きく依存したままの外貨獲得の新たな担い手の不足。その結果、定着する貿易赤字構造。第一次所得収支は大幅黒字でも海外での外貨の滞留・再投資傾向の継続。デジタル赤字の拡大など構造的なドル需給のタイト感などは存在したままだ。
一方、資本収支を取り巻く環境としては、日本の約2200兆円もの個人金融資産の半分は現預金に留まっており、円から外貨への円投余力は十分にある。一方、企業も成長を求めて海外M&Aを継続する意欲も資金調達力も十分に保有したままだ。
今回の円急騰劇は上記のような日本の抱える様々な構造的な円安要因の解消に向けての変化が見えたことによって、もたらされた訳ではないだろう。
これからの数か月は日米ともに政治・経済の重要イベントが目白押しだ。日々発表される経済指標や選挙情勢を材料に、時には大きな相場変動がもたらされるだろう。
しかし、為替市場に拘わらず、マーケットに対峙する際には、それぞれが自分の思い描く時間軸を明確にして、市場や日々のニュースに接して自分なりの相場観を醸成していくことが大事だと思う。
次回に続く
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