「中立」見通し、昨年ドルは「大天井」達成だったか
今年も「ドル/円の年間相場見通し」をレポートさせていただく。例年の如くまずは「結論(メインシナリオ)」を指摘したうえで、「何故そうした結論になったのか」という理由について報じてみたい。では、今年の年間見通しの「結論」から。
「年間を通したドル/円の見通しは、『ドルの中立』ないしは『ドルのやや弱気』。年間レンジは119-142円」−−と予想する。
@テクニカル
「一年間に為替相場がどの程度動くのか」−−を数値化した「年間変動率」という考え方がある。過去に何度かレポートしたことがあるように、ドル/円は年間を通して16%ほど動くことが「平均」となっていたが、昨年の変動率はなんと33%。平均の2倍動いただけでなく、これは筆者がデータを保有している1981年以降で過去最高の変動率だった。
ともかく、そんな昨年の大変動を受け、「年間変動率」も大きくアップし、平均も17%を超えている。
筆者の使用しているデータで今年の取引が開始された131.00円を起点とし、自身の相場観である「中立もしくはドルのやや弱気」を参考に、年間変動率の17%を上(ドル高)方向に8%、下(ドル安)方向に9%動く−−と仮定して計算すると、今年の予想レンジはおおよそ「119.20-141.50円」となる。これを、さらにわかりやすく丸めた数字として、一見ややワイドにも思われる23円レンジの「119-142円」を今年の年間予想レンジと指摘しておく。
ちなみに、若干余談めいた話をひとつすると、飽くまで「年間変動率」の観点からでは上記のとおり過去の平均的な変動率を参考にしただけでも年間で22-23円ほどの値動きが見込まれる。2018-20年に見られたような年間変動率が約10%、年間変動幅も10円程度にとどまり、「オワコン」商状と揶揄された状況から完全に抜け出した公算が大きく、ドル/円相場は新たなステージに入ったのではなかろうか。
したがって方向性はともかく、今年も昨年に続く大変動になるとすれば、もちろんそれ以上。もしかすると、2年連続の年間変動30円以上−−も決して夢物語ではないだろう。
一方、異なる観点からテクニカルの話をもうひとつ。
超長期のサイクルを見ると、ドル/円相場は8年周期でドルの高値をつけていることがうかがえる。そして、昨年記録した151.94円は「メモリアル・ハイ」、つまりその8年周期高値だった可能性を否定できない。
詳細は下図を参照にされたいが、昨年高値151.94円は前回高値2015年6月の125.86円から数えて7年4ヵ月目の高値。サイクル的には誤差の範囲内にピタリと収まっている。「8年周期」という超長期の話であるため、断定するにはいささか材料不足なのだが、高値151.94円をつけたのち20円以上もドルが下落している展開などを見ると、「メモリアル・ハイ」でほぼ間違いなさそうだ。
いずれにしても、その見方が正しいとすれば、本2023年は2022年にヒストリカル・ハイをつけたのち今後数年にわたるドル安傾向のスタートの一年になる可能性もある。先の長い話で恐縮だが、過去の経験則を参考にすればドル安・円高傾向は2025-26年ぐらいまで続いても不思議ではない。
A材料
為替を中心に今年の金融市場に影響を与えそうな材料を考えた場合、現段階で大きく2つあると考えている。
すなわち「日米を中心とした金融政策」、「各国政治情勢」−−だ。
わかりやすいところで、後者である「各国政治情勢」から話を進めたい。昨年は英国や韓国、イタリアで総選挙などが実施され政権交代が起こったほか、米国では中間選挙、中国では習総書記の3期目が発足するなど激動の一年だった。
それに対して、今年は見掛け上大きな選挙は予定されていないものの、実は予断を許さない。
たとえば、日本は御承知のように岸田政権の支持率が低迷。テレビ朝日系のANNが1月21-22日行った世論調査では、政権発足以来もっとも低い「28.1%になった」と伝えられている。言うまでもなく、いわゆる「危険水域」だ。
そのため、5月に実施される「広島サミット花道論」なども取り沙汰されるなど、解散・総選挙さらには政権が変わる可能性も否定できない。
また、米国は来年の米大統領選に向けた与野党の候補者選びが本格化するなか、相次ぐ「機密文書持ち帰り問題」などで民主党は現職のバイデン氏、共和党は昨年の「中間選挙圧勝できなかった責任論」から元職トランプ氏の候補者選出がともに黄信号の灯っていることが気掛かり。国内政治が不安定になるようだと、為替など金融市場にもそれが伝播。不安定となりかねず、乱高下などを増長させる危険性もありそうだ。
一方、前者の「日米を中心とした金融政策」のうち、まず日本については今月22日、岸田首相が日銀の次の正副総裁の人事案を2月中に国会に提示する考えを示したうえで、「人は代わる」と明言している。もともと年齢的なものなどから黒田日銀総裁の続投はほぼないとの見方が有力だったが、先の岸田発言でわずかに残っていた期待も雲散霧消。それを受け、代名詞でもあった「異次元緩和」からいよいよ脱却し、日本が本格的な利上げに向かうことはほぼ確実な状況だ。
それに対して米国は、複数のFRB関係者が指摘しているように、基本的にはインフレやファンダメンタルズをにらみつつではあるものの、金利引き上げ傾向がいましばらく続く公算が大きい。
しかし、個人的に気になるのは今年の米FOMCのボードメンバーの顔ぶれだ。米国の金融政策は合議制で、正副議長を含む7人のボードメンバーがそれぞれ1票の投票権を持つのだが、毎年入れ替わる4人の米地区連銀総裁の顔ぶれが今年はなかなかに興味深い。
具体的には、昨2022年の「4会合連続の0.75%利上げ」を強く支持した「タカ派」として知られるセントルイス連銀のブラード総裁、クリーブランド連銀のメスター総裁、カンザスシティ連銀のジョージ総裁が投票権を失う代わりに、新たに「ハト派」に分類されるシカゴ連銀のグールズビー新総裁が今年からボードメンバーに加わった。
ちなみに、残りの3人は「中立派」が2人(ダラス連銀のローガン総裁とフィラデルフィア連銀のハーカー総裁)、「タカ派」1人(ミネアポリス連銀カシュカリ総裁)になる。これからすると、FOMCボードメンバーのパワーバランスが今年は昨年の「タカ派」寄りから「中立」もしくは「ハト派」寄りへと変化しているのかもしれない。したがって、米経済指標の内容などによってはFOMC内において、一気に弱気派が勢いを増すとともに主導権を握ることもあるのではなかろうか。一部で根強く取り沙汰されている「年末に掛け利下げ実施」−−の危険性はゼロではないと思われる。
なお、それ以外では「ロシアのウクライナ侵攻さらなる長期化」や、可能性は低いものの「中国による台湾侵攻」などの地政学リスクも年間を通して無視できない要因か。
とくに後者は、金融市場云々ではなく、現実的なものとして日本が多大な直接的な被害を受けることが見込まれていることが気掛かり。実際、米国の戦略国際問題研究所(CSIS)が今月9日、中国が台湾に侵攻した場合のシミュレーション結果として、「失敗する可能性が高い」と結論付けたものの、内容的には「日本は在日米軍基地が攻撃され、100機以上の戦闘機と26隻の護衛艦を失う可能性が高い」などと分析していた。いずれにしても、米国そして中国が戦闘に動くならば、勝ち負け云々も当然ながら、サプライチェーンなど経済にも大きな影響を及ぼすことは確実でマーケットの重大な攪乱要因に。
Bその他
最後に、今年の干支や風水などを参考にした為替など金融市場だけでなく、社会全体を通しての見通しを指摘しておく。
まずは、今年の干支はと言うと、十干が「癸(みずのと)」で十二支は「卯(うさぎ)」。つまり、「癸卯」になる。
陰陽五行説によると、「癸」は十干の10番目にあたり、「物事の終わりと始まりを意味する」という。また「卯」は、金融市場のことわざのひとつとして「跳ねる」と言われポジティブに捉えられているが、漢字の成り立ちとしても「左右に開いた門」の象形であり、「冬の門を開け飛び出る」ことを示唆しているとの説がある。つまり、これらを総合すると、今年の干支「癸卯」はなにか新たな始まりが予想され前途は明るいイメージなのだが、それではあまりに牽強付会すぎるだろうか。ただ、希望を込めて年内に「世界的な新型コロナ問題がいよいよ終息」、あるいは「ロシアによるウクライナ侵攻が終焉」などといった期待をしておきたい。
一方、過去の「卯年」をごく簡単に振り返っておくと、前回2011年にはなんと言っても「東日本大震災」が起こったことが記憶に新しい。その前、前々回1999年は為替に携わるひとりとして忘れられない「欧州単一通貨ユーロ誕生」、1987年はあの「ブラックマンデー」が発生していた。
今年も、それらに匹敵する歴史の重大事象が起こる可能性も否定できず、頭の片隅にとどめておいて損はない気がしている。果たして今年はどんな重大事象が発生することになるのだろう。
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