「チャンレンジング発言が結果的に日銀にもたらした猶予」
読者の皆様、新年あけましておめでとうございます。
本年が幸多き一年となることをお祈り申し上げます。
さて、12月のドル円相場は、148円台で始まった後、12月7日には一日で5円以上下落するなど大きな値動きを記録した。2023年のドル円相場を振り返ってみると、年初の130円台からほぼ一貫してドル高が進行し、秋に32年ぶりの円安水準を更新した後も、しばらくその水準に滞留したが、11月に入って本格調整局面入りした。
大規模なポジション調整(ドル売り円買い)を誘発する材料とされたのは、12月7日の国会(参議院財政金融委員会)での、「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる」との日銀植田総裁の発言だ。
注目された12月18日・19日の日銀金融政策決定会合では、政策変更は行われず、直後の記者会見で、植田総裁は先日の国会でのチャレンジング発言について問われた際に、「(前略)今後の仕事一般について問われたので、2年目にかかるところなので、一段と気を引き締めてというつもりで発言した(後略)」と質問をかわしている。
では、12月7日の実際の参議院財政金融委員会ではどういう経緯でチャレンジング発言に至ったのか。映像を確認したところ、経緯はこうだ。
まず、勝部委員(立憲民主・社民)と植田総裁の間でいくつかのやりとりがあった後、勝部委員から日銀の内田副総裁に金融政策決定会合の結果公表前に特定のマスコミが政策変更の内容を具体的に報じたことが過去にあったとされ、日銀の情報管理態勢についての質疑応答がなされている。その直後に、勝部委員から植田総裁への最後の質問として「今後の取り組みについてご所見があればお伺いしたいと思います」との問いかけがなされている。
それに対し、植田総裁が、「最初に申し上げましたとおり、チャレンジングな状況が続いておりますが、年末から来年にかけて一段とチャレンジングになるというふうにも思っておりますので、委員ご指摘の情報管理の問題にもきちんと徹底しつつ、丁寧な説明、適切な政策運営に努めていきたいと思っております」と回答している。
この発言が円買いの材料とされた訳だが、「年末から来年にかけて一段とチャレンジング」「情報管理の問題にもきちんと徹底しつつ」「丁寧な説明」といったフレーズを総裁は敢えて入れたのだ、と考えれば、金融政策の変更は近いと深読みもしたくなる。
少し話は逸れるが、アメリカMLBのウィンターミーティングでドジャースのロバーツ監督が大谷選手との契約合意が発表される前に、「大谷翔平選手と会った。うまくいったと思う」と発言し、各メディアがこの発言に食いつき、MLBファンを巻き込んで、発言の意図を深読みしていたのと重なってしまう。
さて、日銀の植田総裁の、「年末から来年にかけて一段とチャレンジング」「情報管理の問題にもきちんと徹底しつつ」「丁寧な説明」というフレーズについては、金融政策決定会合後の記者会見でのコメント通り、「今後の仕事一般について、一段と気を引き締めてというつもり」、という意図だったと受け流して良いのだろうか。
2013年4月に始まった日銀の異次元の金融緩和を補強する観点から始まった「マイナス金利政策」(2016年1月開始)と「イールドカーブ・コントロール」(2016年9月開始)は異次元緩和を表現する二大看板となっている。
イールドカーブ・コントロール(長短金利操作付き量的・質的金融緩和)のうち、長期金利を0%程度に誘導する政策については、これまで徐々に長期金利の変動幅を拡げ、今後、長期金利が1%を大きく超えた状況が発生しない限り、事実上の撤廃がなされた状態ともいえる。いわば、静かなる出口(Stealth Exit)の退出寸前の状態にある。
一方、短期金利については、手付かずだ。現在、日銀当座預金の構造は3層構造(基礎残高(+0.1%)、マクロ加算残高(0%)、政策金利残高(▲0.1%))となっており、当座預金残高から基礎残高とマクロ加算残高を引いた残高を政策金利残高とし、ここに適用されるマイナス0.1%の金利が日本の政策金利とされている。複雑な仕組みだ。
この3層構造の金利、もしくは構造そのものが変更された場合に、日頃、金融市場に携わってない人達にも身近な金利にどう影響があるのか「丁寧に説明」するのは難題だ。また、3層構造の変更にあたっては、実務の面からも多くのスタッフを巻き込むだろうから、「情報管理の問題もきちんと徹底」するのも簡単ではない。
2024年の早い段階での政策変更を考えているのなら、その準備に「年末から来年にかけて一段とチャレンジング」になるのは間違いない。
しかしチャレンジング発言の時点では、32年ぶりのドル高・円安水準更新をいつでも窺える距離にあったドル円相場も、この発言がきっかけとなり大幅な円高を引き起こした。歴史的な円安水準更新の記事が連日メディアを賑わすこともなくなり、為替市場でのドル円相場の緊張感は大幅に緩むこととなった。
日銀は外野からの円安放置の批判を気にせず、物価上昇の確度が上がるのを待って金融政策変更ができる猶予を手に入れることができた。そう考えれば、結果として総裁発言は日銀にとっては良い方向に機能したことになる。一方で、2024年前半にかけて一段とチャレンジングな状況が迫っているというのは本音のようにとれる。
やはり、ドジャースのロバーツ監督がウィンターミーティング期間中に口にした
“We met Shohei. I think it went well”の発言に重なってしまう。
次回に続く
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