エミン ユルマズさんとトルコ大統領選、総選挙直前論点整理!
今週末24日はトルコの大統領選挙および議会総選挙です。
先月、史上最安値を記録したトルコリラは(スパイクレートを除けば)、選挙を前に再び対ドル、対円ともに安値圏で推移しています。
トルコでは、昨年のクーデター未遂以降のエルドアン大統領派による粛正で、多くの「反体制寄り」とされたジャーナリストが逮捕され、現地の報道が真実を伝え切れていない可能性があります。また、金融機関のアナリストも、為替や経済見通しに弱気なコメントを書くと職を失うとされていて、書きたいことも書けない状況となっているとの報道もあり、正直、何が何だかよくわかりません。
そこで今回は、「日本人より日本株と日本経済をわかりやすく説明する」と評判で、当然トルコにも深いパイプをお持ちの天才トルコ系アナリスト、エミン・ユルマズさんに、今回の選挙を巡る現地の今の状況と今後の見通しについて論点整理のお手伝いをお願いしました。聞き手は編集人K。(以下敬称略)
(※)エミン・ユルマズ
エコノミスト、為替ストラテジスト、ポーカープレイヤー (96年に国際生物学オリンピック優勝。97年に日本に留学。1年後に東大理科一類に合格、東大工学部卒業。同大学院で生命工学修士を取得。2006年に野村證券に入社。2016年に複眼経済塾の取締役・塾頭に就任、ヒューマノミックス実行委員会理事) 同氏が塾頭を務める「複眼経済塾」では有料個人会員向けコンテンツの一部としてトルコリラ週報を執筆中。
大統領選と総選挙の概要
6月24日にトルコでは大統領選と議会総選挙が同時に行われます。
この選挙には昨年僅差で可決された憲法改正の内容が実施されることから、エルドアン大統領による権限強化の総仕上げ(大統領制への移行)の意味があり、当初は来年11月頃に予定されていたものですが、グルド、シリア情勢の緊迫化を理由に時期を大幅に前倒しして実施されることとなったものです。
ただ、直前の世論調査ではエルドアン大統領と与党AKP(公正発展党)の苦戦が伝えられており、結果がトルコリラの相場にも大きく影響しそうです。
選挙結果は現地時間24日20:00(日本時間25日未明2:00)から公表が始まります。
大統領選は一回目の投票で過半数の候補がいない場合には一位と二位の候補により7月に決選投票が行われることとなります。
主な政党と大統領候補
(上図は複眼経済塾作成 不許可複製)
(1)共和連合
●「公正発展党」(AKP)与党、保守
エルドアン大統領 現職 トルコの伝統であった政教分離を捨てイスラム教主導の政治を目指す。昨年のクーデター未遂後独裁的傾向を強めている。
●「民族主義者行動党」(MHP) 極右
パーチェリ党首 トルコ民族主義者。
(2)民主連合
●「共和人民党」(CHP) センターレフト 野党第一党
インジェ候補(党首はクルチュダロール) 政教分離を主張 ケマル主義 ポピュリスト的傾向あり。
●「いい党」(IYI) センターライト 民族主義行動党から昨年分離
アクシェネル党首 元MHP女性候補、突然現れ一時圧倒的人気があった。
(3)クルド政党
●「国民民主主義党」(HDP)クルド系
デミルタッシュ党首 獄中より立候補。
大統領選「エルドアンは一次投票で過半数は困難、決戦でも苦戦か」
K:大統領選の見込みはどのような状況でしょうか?
エミン:先週金曜段階で世論調査は締め切られていますが、各社の平均をとって見たところエルドアン、パーチェリの共和連合で45-48%、インジェ、アクシュネルの民主連合とクルド政党を合計すると同じくらいです。
K:ではエルドアン単独過半数は無いと?
エミン:1回目で過半数はとれないと思います。40%ぐらい。2位のインジェが30%、当初はアクシュネルの人気が高く、2位は彼女かと思いましたが、インジェが健闘しています。
ただ、エルドアン派がアクシュネルを警戒しメディア操作でインジェ優位に導いた可能性もあります。CHPのほうが与しやすいと考えたのかもしれません。
決選投票の鍵はクルド系の10-12%がどちらに流れるかですが、昨年の国民投票では景気悪化が波及しておらずエルドアン支持に回った地方票が、今回はリラ安でダメージを受けて反対に回る可能性があるので、決戦でもエルドアンは苦戦するでしょう。
そもそも世論調査自体が操作されている可能性もあり、実体はもっとエルドアンは不利なのかもしれません。
K:でもその場合エルドアン派は全力で選挙結果も操作しに来るのでは?
エミン:その可能性も否定できませんが2、3%の僅差ならともかく5、6%も差がつけば、結果をひっくり返しにくいと思います。
議会総選挙「大統領とねじれの場合は再選挙か」
K:何が起こるかわからないですね。
エミン:今回は何が起こるか本当に予想しにくいです。
加えてやっかいなのは、今回議会選が同時なので、エルドアンが勝って議会で与党が敗れるねじれのケースです。野党系の民主連動とクルド政党は仲が悪いこともあり、連立できなければ、10月から11月に再選挙になる可能性が高い。
K:確か以前にも似たようなことが
エミン:そう前回も同じでした。
K:今回AKPと民族主義者行動党の票を合わせても過半数は難しそうですか?
エミン:「いい党」のアクシュネル党首が極右系の票と組織を持っていってしまっていますから。
選挙の前倒しの背景 「人気女性候補排除画策→失敗」
K:今回選挙を無理矢理早めたのは、来年になると景気の悪化がさらに進行し、エルドアンにとってより不利になると読んだからとも言われていますが?
エミン:それもありますが、大きな理由の一つは人気の高いアクシュネルの立候補の阻止を目論んだためと言われています。当時「いい党」はできたばかりで議会に議席が無く、アクシュネル党首は人気はあっても今回の早められた大統領選に出る資格がなかった。それをCHPのインジェ党首が自分の党の議員を15人「いい党」に入党させるという裏技を使って、アクシュネルに立候補資格を持たせたというもの凄い駆け引きをして候補者にしてしまいました。
K:まるでチェスでもやっているみたいですね。
エミン:そう、エルドアンが電撃作戦で選挙を早めたのに対し、CHPがゲリラ戦で電撃移籍させて、結局エルドアンはアクシュネル候補を認めざるを得なかった。
K:裏返せば、あれだけ非常事態宣言で統制を強めても、エルドアンがすべてを掌握できているわけではないということでしょうか?
エミン:一応長い民主主義の伝統がありますから、そこまでの無理はできません。
大統領選決選投票予想→「読みきれず」
K:エミンさんの大統領選のメインシナリオは、一次投票では決着がつかず、決戦投票でエルドアン勝利と?
エミン:そこもわからない、一つはクルドの票がどちらに流れるかですが、対立候補がインジェの場合にはクルド票を得られるかもしれない。
一方でトルコの7割はセンターライトと言われていますので、インジェの場合、ほっとくとアクシュネル分の票がエルドアンに流れる可能性は高い。ただ、物価高が進んでおりいわばジャガイモ一キロ千円の世界になっていますので、こういうのがじわじわ効いてきている。これまでエルドアンが圧勝できたのは、センターライトに候補者を残さない戦略と、もう一つは強い経済の裏付けのおかげでした。それが無くなっている現在、本当にセンターライトの票の行き先が読めません。
K:決選投票の相手がアクシュネルだった場合は?
エミン:センターライトの票がアクシュネルに集まる一方でクルド票はエルドアンとアクシュネルに分かれ、アクシュネル優位でしょう。
公正な選挙は望めるのか?
K :非常事態宣言下の選挙ですが本当に公正なものとなるのでしょうか?
エミン:前回の国民投票でも怪しいケースがありましたが、今回は野党が不正を全力で阻止しようとしています。そこに期待したい。
野党連立政権は可能なのか?
K:与党連合が敗れた場合に、野党連合は連立できるのでしょうか?
エミン:クルド党に対する反発が強く難しいと思います。前回の連立不成立もそれが原因でした。
K:それでも仮に野党側が勝利した場合にはどのような政策が予想されますか?
エミン:政教分離のケマル主義に戻すと思います。
K:それはトルコの経済やトルコリラにとっては追い風でしょうか?
エミン:多分そうでしょう。エルドアンがいくらロシアやイランと仲良くしても、お金を貸してくれているのは欧米です。そういう意味でイスラム主義を主張し、ロシアやイランと接近することは経済的には意味が無い。
反政府勢力の拘束者の現在の状況と選挙への影響は?
K:非常事態宣言下で反政府勢力とみられた、インテリ層やジャーナリストがずいぶん拘束されていると聞きますが、これは今でも続いているのでしょうか?
エミン:一部は開放されているようですが、引き続き多くが拘束されており、解放されても職に就けないような状況のようです。家族も含めると百万もの人達が弾圧を受けている状況なので国民の疲労感は強いと思います。このことはもちろんエルドアンにとってもよい影響は与えません。
中銀の独立性は担保されているのか?→「されていない」
K:今回トルコリラの急落に際して、トルコ中銀は緊急会合を開いて利上げした上に、その後、定例の会合でも予想を上回る利上げを実施しました。エルドアン大統領に楯突くかなり勇気のいる行動だったと思いますが、ずいぶん勇敢な人が中銀にまだいるのですね。
エミン:これはシムシェキだと思います。メフメト・シムシェキ経済担当副総理、この人以外にエルドアンに楯突くことはできないし、彼が欧米の投資家との橋渡し役ですから。
※メフメト・シムシェキ
アンカラ アメリカ大使館のシニア・エコノミスト勤務、UBS証券、メリルリンチ、ドイツベンダー証券でのエコノミスト、アナリストを経て2007年からAKPの国会議員。2007-2009年経済大臣、2009-2015年財務大臣、2015年以降マクロ経済政策担当副大臣。
5月中旬にロンドンでの投資家向け説明会で同行していたエルドアン大統領が「金利を下げればインフレは収束する」とのトンデモ経済学をぶち上げてしまい、トルコリラの下落に拍車をかけたため、以後火消しに奔走する。しかし、その後幾度も選挙後に政権にとどまらないとの憶測報道が流れている。
K:彼が中銀に影響力を行使したということすか?
エミン:そもそも今の中銀総裁はエルドアンに近い人ですから。もちろん指示に従うでしょう。
K:シムシェキ氏がこのままだとトルコ経済も政権も危ないと判断して動いたと?
エミン:それか、償還しなければならない債券もありますので、欧米の投資家から再投資等の条件として利上げを突きつけられたのかもしれません。彼ぐらいしかその役割を果たせる人もエルドアンに言える人もいませんから。このままだと1ドル6リラになるよと。
K:確かに、昨年はお札に星が印刷されているという理由で中銀関係者を反政府派として逮捕した大統領ですから、普通の中銀職員は怖くて逆らえないですよね?
エミン:多分シムシェキの指示だと思います。
K:逆に言えば中銀にはすでに独立性は無いということですね・・・。
エルドアン大統領は当選後に本当に金利を引き下げるのか?
K:エルドアンは大統領になると金利は引き下げると言っていますが実際のところどうなるでしょう?
エミン:いや、それは無いと思います。エルドアンは言っていることがころころ変わる人ですから。現在は彼の支持基盤である建設関係に配慮して金利を下げると言っていますが、選挙に勝てば金利は上げるかもしれない。勝てば今度は憲法改正後のスーパー大統領だから敵無しだし。
K:えっ、本当ですか!?
大統領選後のトルコリラと金利見通し 「下値は限定的、金利は引き上げ」
K: エルドアンに大統領になった場合のトルコリラはどうなるでしょう?
エミン:一旦は下がるかもしれません。対円22円を見ることもあり得るでしょう、でも不透明感が払拭されるということでもありますので下げは限定的、トルコは過去総選挙の後はリラが上昇するケースが多いのです。金利は7月にはもう一度利上げもあると思います。
K:エルドアンがですか?
エミン:彼はある意味プラグマティストですから、かつ柔軟というか軸が無いというか。
インフレ実体は20%か
K:しかし既に政策金利は17.5%と結構いい水準ですが?
エミン:インフレ率の数字に問題があると思います。トルコ統計局発表の最近の物価指数は12%程度ですが、統計の取り方にやや問題があり、実体は20%くらいなのではないかと考えています。最近の利上げでようやく実勢金利がキャッチアップしてきた状況だと思います。
一番重要なのはシムシェキ氏の新政権での位置
K:いずれにせよ、シムシェキ氏がトルコの経済とリラにとってはキーパーソンですね。
エミン:そう、新政権で彼がどのポジションにつくのかは非常に重要です。彼が新政権に残れば、欧米ともある程度話がついてエルドアンも納得しているのだろうと安心できます。私はそこを見ています。もし、新政権でいなくなっていたら大変です。実はシムシェクは昨年担当範囲を狭められており、そもそもそれが今回のリラ安の遠因となったと私は考えています。
エルドアンは何がしたいのか?
K:エルドアンは結局何がしたいのでしょうか?
エミン:権力を失って自分や身の回りにいろいろな危険が及ぶことを恐れているのだと思います。強権政治が始まったのは2013年の彼や息子に対する汚職捜査がきっかけだったと思います。ギュレン派との対立もそこが起点でした。だから、うまく取引をして不逮捕特権等を与えればおとなしく権力の座を降りる可能性はあります。
トルコ国民の危機感は?
K:トルコの国民に現在、肌感覚の危機感はあるのでしょうか?
エミン:かなり危機感は強いと思います。だから今回与党はかなり危うい。
トルコでは歴史的にリラが切り下がると政権交代が起きています。
2015年の選挙でも私はそれを予想し、実際与党は過半数割れしました。
ただ、あの時は野党にまとまりが無かったために再選挙になってしまった。選挙後のカオスを見た国民が、「エルドアンがいないともっとカオスになる」と恐れたため再選挙では与党が勝ちました。
今回は、エルドアンがいた方がカオスになるとの考えが国民にあるので、議会選でAKPは多分過半数を失うと思います。大統領選も5分かそれ以下です。前回と違い野党もモティベーションが高く、選挙の不正を許さない姿勢も強い。
トルコ選挙前後の投資機会は?→「現政権敗北なら全力買い!」
K:最後にこの選挙でのトルコをめぐる投資機会をどのように考えますか?
エミン:選挙の前後では難しいですが、トルコの株価指数も為替もずいぶん下がっていますので、現政権が負けた場合には、どこかの時点で全力でトルコ資産を買いにいきたいと思っています。
K:ありがとうございました。尚、エミンさんはそうおっしゃていますが、投資はあくまで自己責任でお願いします。
トルコリラの下値リスク限られるも、要厳重警戒
エミンさんの解説で、今回のトルコの選挙が外から見る以上に複雑で、実際に僅差で結果がどう転ぶかわからない、相当微妙な状況であることがよくわかりました。
エミンさんはここまで織り込みも進んでおり、トルコリラの下値リスクは限られるとの見方ですが、現政権の勝ち負けで状況は大きく変化しそうですし、その選択肢も多岐に亘ることがわかります。一般的にはポジションは縮小して望むのが基本でしょう。
尚、選挙当日、エミンさんはご自身のツイッター@yurumazuで未明から選挙結果の実況を予定しているそうです。ご興味のある方はフォローしてみましょう。
この記事をお読みになった一部の方々にとってはワールドカップに匹敵するスリルと興奮をもたらす内容となること間違いありません!
また、選挙後のいずれかのタイミングでエミンさんには再度結果の解説と、その時点からの相場見通しをお願いする予定です。お楽しみに。
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