2024年のドル円為替相場を考える
令和6年能登半島地震で被災されました方々に心よりお見舞い申し上げます。
さて、毎年、年末にかけて、翌年の金融市場についての予測が様々な媒体を通じて発表される。しかし、将来のことを予測するのは困難だ。例えば、新型コロナの発生前に、感染症の世界的な蔓延を予見して、2020年の金融市場を予想できたエコノミストなどいない。もし、いたとしたら、それはエコノミストではなく占い師だ。
2024年も年が明けてまだ1か月弱だが、金融市場の専門家でも、年明け後の数週間の為替相場や株価の値動きを予測することは難しかっただろう。すでに為替相場や株価のレンジが年間の予想レンジを外れてしまったというエコノミストも少なくないかも知れない。
一か月先のことも予見するのが難しいのに、一年先の為替相場をどう予想するのか。筆者は、長期的な相場推移を考えるにあたっては、過去の為替相場の歴史からのアプローチをベースとしてその国の通貨とその年の位置づけを考えるようにしている。短期の売買を中心に行うFXの市場参加者の皆さんにはあまり役に立たないかもしれないが、ご参考になれば幸いである。
為替相場は二国間の国力の評価であり、経済の活力、それを反映した金利、外貨を稼ぐ力、外国資本を引き付ける力、などが為替相場に織り込まれていくことで相場のモメンタムが形成されていくというのが筆者の為替相場へのアプローチの背景にある基本的思想だ。
ドル円相場の先行きを考えるにあたって、1985年のプラザ合意をきっかけに貿易収支がスポットライトを浴びた時期もあったが、最近は両国間の金利差にスポットライトを当てた相場分析がなされることが多い。
この金利差という観点から2024年については、ドル円相場で考えれば、米国は利下げの方向に、日本は異次元の金融緩和のひとつであるマイナス金利政策からの脱却に、という日米の金融政策のモメンタムの違いから生じる金利差縮小を材料にドル安・円高を予想する向きも多い。
しかし、筆者は一年といったタイムスパンで見れば、ドル高・円安方向の動きを予想している。それは、為替相場の長期的な推移に反映されるのは、金利差の変化率の比較問題ではなく、金利差の絶対値の水準であると考えているからだ。
金利にはその国の潜在成長力、自然利子率、経済の腰の強さ、などが凝縮して反映されているものであり、金利は総合経済力を映す鏡だからこそ、その絶対値が意味を成す。特に自由な資本移動が可能な主要国間においては金利差を利用した裁定取引(arbitrage)が行われることで、金利差が為替相場に素直に反映され易くなった。
日本が金利のある世界に戻っても、2024年も日本(円)を積極的に買うには依然として日米の金利差は短期金利・長期金利ともに大きすぎる。円が主要国の中で、突出して金利の低い通貨であることには何ら変わりはなく、「円は買う通貨ではなく、借りる通貨」という位置づけは2024年も同じだろう。より具体的に説明すれば、ドル建ての資産を持つ人にとっては、ドル資産を売却し、円転してまで円資産を買おうとすることはせず、ドル建ての資産を担保に預けて円を借り、その借りた円で円建て資産を買うことで円建て資産を保有できる。たとえ、円建ての資産に魅力があったとしても、ドル売り・円買いの需要は発生し難い構図は継続するという見立てだ。
ドルを対価に為替を起こして(exchangeして)円を買えば、ドルと円の短期金利差から、年率で5%を超えるコストが日々、のしかかってくる。その負担は大きい。
米ドル建ての債券を売却して4%前後のインカムゲインを放棄して円の資産を購入するには、円の資産にそれ以上のリターンが期待されなければ、なかなか踏み切れない。従って、本格的な円高地合いになるには、日本の政策金利上げが継続される期待感がなければ難しいが、おそらく今年、日本はマイナス金利政策という異常な金融政策から脱却するだけで精一杯だろう。
歴史的な観点からは、日本円は、残念ながら長期的には英国ポンド(以下、ポンド)が辿ったのと同じ道を辿るのではないかと予想、というより懸念を抱いている。成熟した国家が経済的にピークを迎えた後、老いていくにあたってその国の為替相場の辿った道のりは今の日本にとって参考になる。
産業革命で世界を席巻した英国も20世紀に入っては国力の低下が顕著となり、第二次大戦後は米国が世界において圧倒的なリーダーの役割を果たす中、主要国の中でも、英国は相対的な地位を低下させていった。
とは言え、第二次大戦終了後、四半世紀以上が経過した1973年2月の変動相場制移行時でさえも、ポンド相場は対円で710円台、対ドルでは2.4ドル台を保っていた。それが変動相場制に移行後、対円では2011年に116円台の最安値を記録し、対ドルでは2022年に一時1.05割れを記録した。変動相場制に移行してから最安値までの下落率は対円では80%を超え、対ドルでも50%を超えている。
先進国と呼ばれる国の通貨間の為替相場でも長期的には、それくらいの変動はあり得るということだ。一ドル=150円という水準は、2011年の一ドル=75.32円という戦後のドル最安値の残像が頭に残っていれば異常な円安と感じるかもしれないが、為替相場の長い歴史の中では異常と言える水準でもない。
日本と英国の似ている点は少なくない。産業革命で世界を席巻したイギリスだが、20世紀前半にはアメリカに世界のリーダーの座を奪われ、相対的な地位を低下させていく。日本も第二次大戦後、驚異的な復興を遂げ、電気機器や自動車に代表される日本の工業製品は世界を席巻したものの、経済のグローバル化が進み、工業製品の一部はコモディティー化される波に飲まれ、特に電気機器については日本製品の有利性は低下し、外貨を稼ぐ力が欠けていった。
英国は「ゆりかごから墓場まで」といわれる手厚い社会保障制度が有名だが、日本も国民皆保険という世界でも特筆されるべき社会保障(健康保険)制度を持っている。しかし、この制度が柔軟な財政政策や経済成長への足かせとなり、特に日本は制度を策定した時代から人口動態が大きく変化する中で、人口ボーナス期に作られた制度を人口オーナス期にも維持すること自体が重い課題となっている。
日本も英国も相対的な経済の優位性がピークアウトした後も、成熟国家として主要先進国G-7のメンバーに名を連ねるが、トップを脅かす勢いはない。日本に至っては2023年のドル建てGDPが人口比では2/3程度のドイツに抜かれて4位に落ちたが、就業可能年齢人口が絶対数でも人口に占める相対的な数でも減少を続ける中、プラス成長を維持し続けること自体が難題だ。
また、地理的な優位性では英国はアジアと米国の間に位置することから営業時間に両市場の取引に参加できることで、ロンドンのシティは世界の金融市場の中心地としての役割を担っているが、日本は極東(Far East)に位置し、ニューヨーク市場の開場時は東京の就寝時間に当たってしまう。
言語の観点からは、グローバル化が進展する中で英語があらゆる分野でWorking Languageとして、世界共通語としての地位を得る中、英語を母国語とする英国(人)は圧倒的に優位な立場にある。それでも英国の通貨ポンドの地位は時間をかけて着実に大幅に下落した。
為替相場が二国間の国力を反映する鏡ということを前提にすれば、金利を0%近辺に固定し、将来需要を先食いし続けなければ今の経済活動の水準を維持できない日本の円という通貨が長期的に買われるというイメージを筆者は予想し難い。
しかし、為替相場は二国間の通貨の交換レートだ。日本経済が輝いていなくとも、アメリカ経済がそれ以上に不冴えであればドル円相場には、それが反映されるだろう。
ドル安・円高になるのは、米国が急速利下げをしないといけない状況に追い込まれた時だろう。しかし、現在、市場が予想しているように米国の政策金利が年末に向けて低下しても4%台に留まるようでは、ドル高・円安の長期トレンドは変わらないと考えている。
あり得るリスクとしては2023年の3月に見られたような米銀の金融不安が再燃し、再び金融危機が頭を擡げた場合だろう。今の市場は米国が高速利下げに追い込まれる状況になることまでは織り込んでいない。
しかし、新型コロナ感染症の世界的な蔓延という誰もが予想しなかったような想定外のリスクが顕現化し、日米金利差が急速に縮小した2020年でもドル円相場の下げが限定的だったことを考えれば、為替相場の大きな水準調整にまで至るかは疑問だ。
2020年を振り返ってみると、米国の短期政策金利(Fed Funds Rate)の誘導目標金利の水準は、年初こそ1.5%〜1.75%の水準だったがコロナ禍の拡大によって、3月には臨時のFOMCと定例のFOMCで政策金利を0%〜0.25%の水準まで1.5%も一気に下げた。
ドル円相場は年初の109円台から、3月には米金利の急低下を受けて一時101円台をつけたが、そのわずか16日後には111円台までドルは10円も値を戻している。この年は、米国は0%〜0.25%の金利水準を維持し、日本の短期政策金利との差が0.35%に満たない水準が年末まで継続したものの、2020年の残りの9か月間のドル円相場は3月につけたドル高値と安値の水準内での値動きに終始している。金利は為替相場を考える上での重要な要素だが、金利は国力の全てを表現しているものではない。
さて、米国の共和党の予備選の始まりと共に、「もしトラ」という、「もし、トランプ大統領が11月に誕生したら」というリスク・ファクターが顕現化した際の市場の不透明性の高まりを懸念する声が米国の予備選の結果を受けて増えてきている。
しかし、アメリカが民主主義国家としての体をなさなくなり、資本市場が機能しなくなるまでの混乱が起こることは考えにくい。ただ、不透明感が増すことは、いわゆるキャリートレードによるドル買い・円売りポジションの造成を抑制する方向に作用することからドルの上値を押さえつける要因としては働くだろう。ドルは上昇するにせよ、そのスピードは弱められる。
2024年の相場レンジを敢えて予想すれば、140円から160円といった水準だろうか。今年に入って、バブル期以来の日経平均株価の高値更新というニュースをよく耳にしたが、ドル円相場の日本のバブル崩壊後の高値は160円の水準だ。昨年末にドル円相場が急落した際も140円を割らなかったことを考えれば、この二つの水準に挟まれたレンジが2024年のフェアウェイになるのではないかと筆者は考えている。
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